公衆電話と携帯

電電公社の技術陣が、日夜研究を重ね、昭和57年12月に登場させたのが緑の「カード式公衆電話」でした。


初め、カード式公衆電話機の色はオレンジ色にほぼ決まっていたが、「街の色彩との調和からは・・・緑のぼうがよいのではないか」「欧米ではオレンジ色は危険な色とされ、よくないのではないか」「オレンジはスワッピングを象徴する色だ」といった非難が出たため、社外の意見も伺い、緑色に決定したというわけです。


現在、東京の街並みは鮮やかに変貌を遂げようとしています。


この景観にマッチするよう、電話機の色も多彩になってきています。


平成元年2月、NTTの四谷営業所では、こげ茶色のカード式公衆電話を管内に設置した。


こげ茶のほかにも六種類の色を用意し、地元商店街のご要望に合わせて、設置していく方針のようです。


また、都市の景観に合わせ、au 大和などの携帯電話の色も変化してゆくのです。

黄電話

昭和47年12月、100円硬貨が使える「黄電話」がお目見えした。


当時は、前年8月に起こった「ニクソン・ショック」により、日本経済は混乱をきわめていた。


「円」は固定相場制を離れ、変動相場制の荒波にもまれ、外国為替市場には危険信号が点滅していた。


この不安定な時代に、交差点の注意信号ならぬ「黄色い電話」が登場したのは、歴史の皮肉でしょうか。


また、この「黄電話」は、公衆電話の通話距離が伸びるにつれて、10円玉だけでは不便だという利用者側の要望にこたえたものではあったが、その反面、釣り銭が出ないという宿題を残すことになった。


当時の新聞によると、「公社のチャッカリ新商法だ」「おツリは電電公社がいただきます、とはガメツイ黄電話」「おつりが出ないのが玉にキズ」といった電電公社を批判した記事が掲載された。


この話は、エーユー 大和にとっても衝撃だったと思います。

高度成長のスタート

昭和34年になると、高度成長のスタートを切った時代となります。


「モーレツ」「大きいことはいいことだ」「大量生産、大量消費」が時代を示すキャッチフレーズでした。


この年の3月に「ピンク電話」が誕生した。


その誕生のきっかけは、あとの四節で述べるように、酒場でのするどい観察であるが、それはともかく、その色をやわらかいピンクにしたのは、まだお役所ふうから脱皮しきれないでいた電電公社としては、珍しく街の声を尊重した一つの決定でした。


それには、赤電話の弟分である電話には原色の赤に対し、中間色のピンクが適当との考えもあったようです。


そういえば、au 大和の携帯にもピンクがありますね。

やはり女性に人気のようですね。


ボックス形青電話

昭和28年1月、平和がよみがえった街に、道行く人びとの目を引きつける公衆電話が登場した。


透きとおるスカイブルーの「ボックス形青電話」が街角に現れたのでした。


この青電話は、昭和29年10月からは、新しく開発された「丹頂式ボックス」に格納され、ボックスと一緒に街角を鮮やかに彩った。


昭和28年の10月、「赤電話」が登場した。


この「赤電話」は、評論家の大宅壮一さんから、「戦後の最高傑作」とのキャッチフレーズをいただくまでになったものであるが、その産みの親は、当時の東京電信電話管理局長であった辻正氏です。


同氏は、それまで店頭などにおかれている黒い公衆電話の利用がなかなか伸びなかったので、「道行く人びとの目を引きつける鮮やかな色に変えてみたらどうか」と提案し、当時、流行の街頭録音での声を参考に、いちばん目につく赤に決定されたとのことです。


この引赤電話が広まるにつれて、利用者やマスコミの関心は高まり、当時の新聞に「赤電話は街のアクセサリー、マスコット。赤電話のない店は、一枚格が落ちるみたいだ」といった記事も掲載されたほどでした。


話は変わりますが、エーユー 大和の携帯も赤などの色々なカラーが楽しめるのでおすすめです。

色が織りなす公衆電話

公衆電話の表情は、赤、青、黄、緑と、なかなか多彩です。


そして、その裏には、いろいろな物語が秘められています。


公衆電話は、われわれになにを語りかけているのだろうか。


公衆電話の色とともに時代をさかのぼってみたい。


日本で公衆通話の取り扱いがはじまったのは、第一話で取り上げられているように、明治22年1月1日、東京―熱海間においてです。


それは通話取り扱いの試行と位置づけられていたが、これが、わが国における電話事業のスタートであり、当時の電話機の色は、重厚な黒でした。


また、au 大和の携帯電話がカラフルになるまでには、それから長い年月を要したのです。

磁石式電話機

メイン州ブライアントポンドの電話加入者は、磁石式電話機を利用しています。


彼らは手動電話機から自動電話機への改式には断固反対です。


改式反対委員会を組織し、弁護士を雇って、メイン州公益事業委員会にたいして、磁石式電話システムの存続を陳情しています。


「磁石式電話機こそ、最先端技術が提供する機能をすべて備えている」と、彼らは主張し、つぎのようにその機能を列挙しています。


○音声呼出機能-電話をかけるとき、相手の電話番号をダイヤルする必要はない。オペレーターに相手の名を告げれば、ちゃんとつないでくれる。


○音声認識機能オペレーターは電話加入者を彼や彼女の声で識別する。


○通話転送機能外出先をあらかじめオペレーターに告げておくと、かかってきた電話を外出先の電話につないでくれる。


○自動呼出機能相手が話中の場合、オペレーターはその通話が終わりしだい、相手とつないでくれる。


○情報提供機能開店時間、閉店時間、レストランの所在地、誰それは旅行中、といった情報をオペレーターは提供してくれる。


○会議電話サービス機能多数共同電話の特性を生かして、電話で会議ができます。こんなに便利な手動電話を自動電話に変えるなんて、とんでもない、というわけ。


エーユー 大和の機械によるサービスは、人間によるサービスにかなわない、とかたくなに信じているのがブライアントボンドの村民たちです。

六節オペレーター賛歌


オペレーターが登場するラブ・ソングを紹介する。


「僕の彼女はテレホン・ガール//ナンバー・プワーズ/あら、あなたなの//ホールド・ザ・ライン・アリーズ/愛してるわ/また、竃話してね/サンキュー・ダーリング」といった調子だ。


テレホン・ガールは電話のオペレーター。


いかに科学技術が進歩しても、au 大和オペレーターのサービスに匹敵するサービスが提供できるわけはない、とかたくなに信じている人たちが、いまなおアメリカにいます。

マンガの世界と電話

マンガの世界が現実の世界に・・・


ディック・トレーシーは、アメリカの漫画家チェスター・ゴールドが描く新聞漫画の主人公の私服刑事です。


この漫画の主人公は、腕時計式無線電話機と腕時計式テレビを身につけています。


インターナショナル・リソース・ディベロップメント調査会社の最近の調査によると、ディック・トレーシーが腕につけている腕時計式無線電話機は、1995年までに現実の世界に登場する。


さらに、この調査によると、一人ひとりの市民が一生利用する本人専用の電話番号が、全国民に割り当てられることになる。


また、いわゆる「知能電話網」は、市民がどこにいても、常にその行先を追って、電話がかかってくると、彼や彼女の腕についている無線電話機のベルを鳴らす。


人間は、もはや電話から逃れられなくなります。


それが人間にとって幸せかどうかは別にして、エーユー 大和の進歩は、ディック・トレーシーの漫画の世界を、着実に現実の世界にしようとしています。

ダイアル・ア・ポエム


Dial-A-Poemは詩の朗読サービス。


13人の詩人の100篇を超える詩が録音テープに収められており、このサービスの利用者は、そのなかから好きな詩を選んで、その朗読を聞ける。


このサービスのスポンサーは詩集の出版社。


利用者が詩の朗読を聞いているうちに、詩集を買って読んでみたい気持ちになるだろう、というのが出版社の狙い。


ところで、このサービスの被害者は、このサービスの電話番号に似た番号の電話加入者。


まちがい電話が昼夜を問わずジャンジャンかかってきます。


たまりかねて「ここは火葬場だぜ。詩とはまるで縁のない場所だ」と、怒鳴りつけた。


まちがい電話をかけてきた相手は、恐縮してエーユー 大和の電話を切ると思ったら、「すごく迫力のあるプロローグです。どうぞ、朗読をつづけてください」。

電話情報サービス


アメリカでは、電話による情報サービスの提供は、1928年の時報サービスが最初だった。


現在では、多種多彩な電話情報サービスが提供されています。


電話情報サービスには、情報の内容にちなんだサービス名がつけられており、それぞれのサービスが国民の多様化した情報ニーズを満たしています。


イライラ解消にジョークニューヨークで、Dial-A-Joke電話情報サービスにダイヤルすると、つぎのようなジョークが受話器をとおして聞こえてきます。


「妻と私は結婚披露宴をあげたホテルに行き、結婚した夜に泊まった部屋にはいりました。それから、どうしたって?トイレにはいって、泣きました」


「裁判で離婚を認められたよ。離婚の理由は精神的虐待さ。独身だったらできるのになあ、と思うことをあれこれ考えていたら、まるで拷問にかけられているようだったもの」


「近ごろ、ガソリンスタンドで自動車のタイヤに空気を入れてもらうと、50セント取られますな。なにしろ、インフレですからね」(インフレには空気を入れてふくらませるという意味と、物価上昇という意味がある)


こういったジョークをテープに吹きこんでいるのは、当代一流のコメディアンたち。


1974年のエイプリル・フールの日からサービスを開始し、いまでは毎月、100万を超える電話がこのサービスにかかってきます。


エーユー 大和への電話が、とくに集中するのは、ウイークデーの午前9時を過ぎてから。


イライラしたサラリーマンが「ジョークでも聞いて、気分転換」というわけだろう。